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Please use this identifier to cite or link to this item: http://hdl.handle.net/10457/1983

Title: 1960年代『装苑』とパリ支局 : 海外情報と誌面の変化
Other Titles: "SOEN" and the Paris branch of it in the 1960's
Authors: 田中, 里尚
古賀, 令子
Keywords: 欧米化
『装苑』パリ支局
消費社会
westernization
the Paris branch of "SOEN'"
consuming society
Issue Date: 31-Mar-2011
Citation: ファッションビジネス学会論文誌 16(2011-03) pp.1-8
Abstract: 日本ファッションにおいて雑誌『装苑』は重要な役割を果たしたが、その60年代における変化に ついて本論では明らかにした。「洋裁研究jという形で自誌の方針を表明していた『装苑』は、1960 年代に方向転換を行うが、1950年代において警戒しつづけていた浮薄な流行という現象に対して、 門戸を開き、それを推進する立場に自誌を置くということであった。流行の中心であるパリに拠点 を設置することを目指した『装苑Jは、高田美や堤邦子らと協力してパリとの繋がりをつくり、と うとう1966年10月に誌上でパリ支局の開設が表明された。こうしたパリ支局の開設準備の中で『装 苑』の誌面上に変化が生じる。 第1に、表紙に表明されていた「洋裁研究」という方針が「Fashion Magazine」 となったことである。これによって流行情報のみならず、旅行やレジャーの記事も増加 した。第2に、アルフアベット表記である「SO-EN」のロゴ開発も進み、欧米的な方向へ自誌の印 象を変えようとした。そして、1960年代後半には、目次の中に「SO-EN」というロゴの文字の用い られた記事も頻繁に登場してくることとなった。第3には、アートディレクター制を表明するとと もに、海外情報のページも製図中心から情報中心に変化していくこととなった。このように、1960 年代における『装苑』は海外情報と関係を密にしながら、誌面上の改革を進めていったのである。
URI: http://hdl.handle.net/10457/1983
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